トップランナーの視点。

株式会社ヴィレッジヴァンガードコーポレーション 代表取締役社長 白川 篤典

1967年生まれ。長崎大学経済学部を90年に卒業後、国際証券(現:三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社)へ入社。債券営業に特化しトップクラスの成績を収め、本社勤務となる。97年、ベンチャーキャピタルのJAICこと日本アジア投資株式会社へ転職。99年頃に投資先の一社として、ヴィレッジヴァンガードコーポレーションと出会い、創業者の菊地敬一氏より経営企画室長を任命され、JAICからの出向社員として2000年に同社へ入社。上場へ向けた社内管理体制整備の指揮を執り、2003年4月に日本証券業協会に店頭登録銘柄として登録を果たすと同時に、出向が解除され、正式に同社へ籍を移す。同年8月に取締役経営企画室長に就任。2006年8月に常務取締役就任。2010年8月より代表取締役社長へ。

漫画に出てきた”相場師”に憧れて。

須原
経営者の皆さんにまずお聞きしているのが、幼少期時代に描いていた職業です。白川さんはどんな仕事をしたいと思っていましたか?

白川氏
小学生の頃は漫画が大好きでした。中でも本宮ひろ志さんの『男一匹ガキ大将』の一場面に登場した株の相場師を見て、こんな仕事がしたいと思っていましたね。

須原
相場師という仕事は小学生にはわからないですよね?

白川氏
もちろん当時はわかっていませんでした(笑)。でも、相場師の背景にお札がたくさん舞っているシーンがあって、それがかっこよくて憧れていました。

須原
面白いですね(笑)。相場師=儲かるイメージだった(笑)。

白川氏
自分の頭の出来が良くないことはわかっていましたし、スポーツもほどほどでしたから、他の人と同じ土俵に乗らない分野に目をつけたのかもしれません。でも、実際に新卒で入社したのは証券会社。そこで営業をやりました。

須原
では、子どもの頃の夢を達成したと。

白川氏
いいえ、たまたまです。大学で就職先を選ぶときに、様々な業種、業界について調べました。その中で、自分が今持っているスキルで勝負できる証券業界に飛び込みました。

須原
証券会社には7年勤務されていましたね。

白川氏
はい。私は証券マンとしては変わっていたと思います。大学のゼミでマクロ経済学を専攻していたこともあって、個別企業の株式よりも債券に興味があり、債券営業に特化していました。債券は一般的に難しいと言われていましたが、私からすると逆で、金利と為替と経済状況を勉強していれば、あとは格付けをチェックするだけでいい。個別企業を一社一社勉強するよりも勉強量が少なく済みました。また、当時は株価が下がり続けていた時代ですから、金利は下がる一方。でも、債券の値段は金利が下がると逆に上がる。だから、私の営業成績は悪くなかったんです。同じ株式という土俵で同僚と競争していたら、何倍も努力しないと勝てませんが、違う分野に身を移すことで勝てることを、このとき理解しました。

須原
債券という領域に目を付けて、ブルー・オーシャン戦略を取って成功したわけですね。そのまま順風満帆に証券会社で、とは考えなかったのですか?

白川氏
実は、支店での営業時代にベンチャーキャピタル(株式会社ジャフコ)の方と知り合う機会がありました。彼らの仕事を聞いて、いい仕事だなと思いました。新規上場をめざす新興企業に資金を提供して、ビジネス、雇用の拡大を支援していく仕事に憧れました。もちろん証券会社も間接的には同様の仕事はありましたが、当時は証券不況という背景もあり、ベンチャーキャピタルの仕事が眩しく見えました。それでJAICへ29歳の時に転職をしました。

須原
わかります。私も監査法人トーマツ時代にベンチャーキャピタルの同世代の方々に憧れを感じたときがありました。私はお客さまから監査報酬をもらう側、ベンチャーキャピタルは資金を提供する側。セルサイドとバイサイドの違いは大きいと感じましたね。

白川氏
投資家は評論家じゃないといけないんです。私もJAICに転職した当初は、お客さまである投資先を評価することに抵抗を感じましたけど、振り返ると客観的に企業を見る目がなければ投資を誤ってしまうんですよね。


怪しいけど、面白い経営者との出会い。

須原
JAICへ入社されてから、ヴィレッジヴァンガードの創業者である菊地さんと出会われた初対面の印象はいかがでしたか?

白川氏
これは間違いなく上場する男だ!と言えたら良かったのですが(笑)。正直に言うと、怪しいぞと…これは菊地本人にも伝えているのですが(笑)。出会ったときはまだ店舗数が10数店舗だった時代で、本社へ訪問すると菊地一人しかいません。オフィスは書類が散乱していて益々怪しい。JAICの私としては「社長、500万円だけ投資させてください」と。もし何かあっても500万円なら返せるだろうと思っての投資額でした。それくらい怪しんでいたんです。でも一方で、ヴィレッジヴァンガードようなサブカルチャーを扱う店は、一般的には3店舗くらいが限界で、それ以上拡大すると大抵は破綻します。でも、なぜ本社に菊地一人で10数店舗を回せるのか?これが不思議でしょうがなかった。その秘密が知りたくて惹かれていったところもあります。

須原
その怪しい菊地さん(笑)から、ヴィレッジヴァンガードの人間として、IPOの準備をやってくれと依頼された。

白川氏
そうです。しかし、最初は私から「管理本部をつくってくれないと投資はできません」と菊地へ伝えたんです。すると後日菊地から「管理本部長を任命したから」と電話がありました。「わかりました」と本社へ向かうとやっぱり菊地一人しかいません。「どこに管理本部長はいるのですか?」と聞くと、愛知県の瀬戸市だと。そこに管理本部をつくったんですかと言うと「いや、瀬戸店店長が管理本部長を兼務するんだ」と(笑)。それは冗談でしょう、無理ですと伝えました。そこで私がその機能を担うべく菊地よりヴィレッジヴァンガードへの出向の依頼を受けました。私自身も当時JAICへ転職して、自分と同じ年齢の新卒入社の社員と競争しても、追いつけないことがわかっていました。キャピタルゲインが得られるのは投資してから3〜4年後。中途入社の私が同じことをしても到底追いつけません。だから、これは自分自身を差別化するためにも、経営企画室長だけでも引き受けてみようと考えたのです。

須原
そこはやはりブルー・オーシャン戦略だったんですね。

白川氏
証券会社時代と、まったく同じ発想ですよね。人とは違うことをしないと勝てないと思っていました。だから出向というカタチで投資先に入り込み、自ら管理部門のメンバーとして上場準備に携わらせていただきました。その後3年をかけて上場を果たすことになりました。


社長は3年だけとみんなに伝えた。

須原
IPOという責任を果たした白川さん。JAICへ戻る選択肢もあったと思います。

白川氏
はい。金融の仕事が好きでしたから、戻るつもりでいました。でも正直、不安でした。IPOを果たしたものの、財務をわかる人材を育てきれていない状況があって、これで投げ出すわけにはいかないと思ったのです。だから、上場を機に出向解除となり、ヴィレッジヴァンガードへ正式に籍を移しました。

須原
では、創業者の菊地さんから後継者として、社長を任命されたのはいつですか?

白川氏
私が常務だったときですね。初めは「副社長やらない?」と声を掛けられたんです。たぶん菊地としては、頑張っているから役職をあげようと思ってくれたのでしょうね。でも、副社長になったからといって、私のパフォーマンスや仕事のやり方が変わるわけじゃありません。だから、気にしなくていいです。常務のままで結構ですとお断りしました。それから1、2カ月くらいして「じゃ、社長だったらいいの?」と聞かれて、社長となれば常務とはまったく違う仕事になってきますから、それならありがたくお引き受けいたしますとすぐに回答しました。

須原
決断は速かった。

白川氏
はい、どんな決断でも私は速いと思います。でも、イエスと言ったものの、管理部門の人間が社長になるのはあまり良くないと思っていました。証券会社時代に、不祥事が重なり、トップが管理部門から出たことがあったのですが、その時の社内のモチベーションはすごく下がったことがあったのです。

須原
そこは冷静に考えられていた。

白川氏
人材を育てきれていない状況があったと言いましたが、私が社長となったからには、次世代への中継ぎになるべきだと考えました。やはり現場を知っているプロパーの社員から社長は出すべきです。だから社長に就任した最初の店長会議で、全店長の前で社長は3年しかやりませんと伝えました。次の社長はみんなから選ぶからと。

須原
社長就任時点で宣言するというのは、それはすごいことですね。

白川氏
しかし、もう6年社長をやっていますから、未だ実現できていないんです。

須原
今も白川さんの最大の仕事の1つとして後継者探しをされているんですね。

白川氏
探すというよりは育成ですね。

須原
最近、多くの企業で起きていますが、将来、社長を後継者に譲った後、再び社長をやりたくなるような予感はありますか?

白川氏
それはありません。オーナーと経営者は別ですから。プレイヤーである経営者がオーナーと並ぶとおかしくなるのは証券会社時代にたくさん見てきました。経営者が勘違いしてしまうことでオーナーと喧嘩が起こったり。

須原
それは自分の利益にベクトルが向いていない白川さんらしい発言だと思います。一方で、社長という職業自体を楽しんでいる白川さんもいらっしゃる。であれば、社長という職業を簡単に手放したくはないという欲求もあるのでは?

白川氏
社長の仕事は、本当に楽しいです。何が楽しいかと言えば、部下の成長を見られるのが楽しいんです。私は別の誰かが拾ってくれるなら、また別のフィールドで一からやり直せばいい。だから、自分の地位を守るという感覚はまったくないですね。

須原
白川さんが社長になられてから新しく入った社員と、菊地さん時代の社員と色が分かれてしまうことはありませんでしたか?

白川氏
それはないです。たぶんそれは菊地の器量だと思います。たぶん私がいないときも菊地は私を立ててくれていて、菊地派と白川派に分かれないようにやってくれているんです。私が社長になった時期は、これまで菊地がやってきた経営が通用しなくなってきた時期でもあり、経営の方法を変えないといけないタイミングでした。私としては菊地がやってきた経営を否定しないといけない。きっと菊地は、私のやり方の半分は納得していなかったと思うんです。それでも周りに決して言わない。そこは菊地の器量です。

須原
白川さんのことですから、経営のやり方を変えるときは丁寧に時間をかけて何度も菊地さんへ説明をされたと思います。

白川氏
はい。様々な打ち手を試しては検証して、結果うまくいかなかったことを報告し、だから変えさせてくださいと伝えました。在庫を増やすと売上が伸びるという従来のやり方も、今では効きません。 4年ほど前に売り上げが 厳しいため 、従来のやり方を踏襲し、大幅に増やした在庫も何年後かには評価損として出てきます。でも、私の後の何年後かの社長に評価損をそのまま渡すわけにはいかないですから、評価基準を目一杯厳しくして、次世代の社長に評価損が行かないようにしたいと考えました。

須原
そこは白川さんの美学ですね。でも次世代の社長には白川さんの配慮は伝わらないのでは?とも思います。それでもそれをやろうと考えるのはかっこいいと思います。

白川氏
いいえ。ただ、後ろ指を指されるのが嫌というだけです。悪いものは自分のときに出しておかないと。綺麗にして次に渡してあげないと悪いなと思っています。


自分の利益のために 社長という仕事をしない。

須原
白川さんは、嫌なことや厳しいことを言ってくれと自ら周囲によく言われていますが、それを含めて白川流のリーダーシップというのを言語化するとどうなりますか?

白川氏
私は自分の利益のために社長という仕事をやっていません。だから社員たちは、私に思うことがあっても、文句があっても、まぁ付き合おうかとは思ってくれていると思っています。みんなに聞いてみないと本当のところはわかりませんが(笑)。

須原
私利私欲でない姿勢や思想、価値観を行動で見せ続けるということですね。

白川氏
そんな感じだと思います。私の判断基準はまさにそこで、社員を評価するときも自己利益を最優先させる人は評価しません。もちろん人間ですから、自己利益は誰だって多少あります。これは部分最適と全体最適の話で社員に伝えていますが、自己利益という言葉を部分最適という言葉に替えて、部分最適をやってはいけないと伝えています。極端なことを言えば、掃除の仕方1つとってもそうです。一生懸命、私の見えないところまで掃除をする人と、私が見えるところしかやっていない人とでは、やっぱり差が出てきます。

須原
社員に対して、怒鳴ったり、怒ったりはされませんか?

白川氏
たまにしかしないですね(笑)。社員から言われるのは、社長が怒るのは瞬間ですねと。怒る時間は1分くらいでしょうか。もちろん戦略的に怒ります。厳しく言っておかないと、勘違いするだろうというときにだけ使います。

須原
社内は白川という神輿をみんなで担いでいこう!という感じでしょうか?

白川氏
いやいや、私を含めて、みんなで菊地のことを担ごうと言っています。みんなが自由に考えて、仕事ができる環境をつくってくれたのは菊地です。こんなに自由な会社はありません。自己判断ができて、権限が持てる会社は世の中にそう多くはないんだから、会長であるに菊地に恩返しをしないといけない。それに、この文化を守るためにもみんなで頑張ろうと話しています。菊地自身、トップダウンの経営はしないという思想でやっていますし、私もそれを継承しています。

須原
たぶん白川さんの謙遜もあるかと思います。私から見れば、白川さんもみんなに愛されている感じがします。

白川氏
いや、どうでしょうね(笑)。

須原
最後に中小企業の経営者の皆さまへメッセージをいただけますか?

白川氏
いや、そんなことは言えません。お互い頑張りましょう。それだけです。

須原
白川さんらしいですね。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

編集後記

ベンチャーキャピタリストから経営者に。白川さんの事例は、ベンチャーの世界では、珍しいことではありません。投資先にリスクマネーを供給するキャピタリストと、自社に大株主として投資し、経営にあたるオーナー経営者とは、親和性が高く、共感する部分が多い。所有と経営の分離が生み出すメリットは、資本主義の基本の仕組みではありますが、昨今のトラブル事例が物語っているとおり、オーナーが後継者を見つけ、経営者としての承認を与えることは、実際には簡単ではありません。しなしながら、ヴィレッジヴァンガードでは、社長に指名された白川さんと、創業者の菊池オーナーとの間に理想的なパートナーシップが築かれています。白川さんは、公平無私で、透明で、いつもユーモアを欠かさない方。その人柄に惹かれて、これまで仕事抜きのお付き合いをしてきましたが、今秋から、私自身が白川さんをサポートする立場にもなりました。いつも楽しく、でも、時に厳しい白川ワールドを堪能しながら、新たな人格(社外役員)で、ヴィレッジヴァンガードさんを全力で応援していきます。

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