クライアントの目

エスネットワークスではコンサルタントが常駐して、会計や財務の実務支援を行い、さらに経営者支援から経営者そのものを輩出しています。今回は、北海道で外食産業をはじめ5つの事業で急成長し、道外・海外展開など次なるステップへ向け、内部管理体制の総合的な整備を支援させていただいているお客さまをご紹介いたします。担当コンサルタントが率直なご意見を伺いました。

今回、ご協力いただいたのは株式会社伸和ホールディングス 代表取締役社長の佐々木稔之氏と取締役副社長の佐々木智範氏です。同社は6次産業化を掲げ、北海道の大地で育まれた安心で豊かな食材にこだわり、生産・加工・流通、そしてお客さまへのご提供まで一貫して自社で行う企業。現在、生つくねで有名な「炭火居酒屋 炎(えん)」をはじめ、からあげグランプリで金賞を受賞した名物 塩ザンギなどの惣菜店「お持ち帰り専門店 炎(えん)」など道内を中心に83店舗を展開。2017年4月にはロシアのウラジオストックへ「炭火居酒屋 炎(えん)」の初出店を果たしました。さらなる事業展開や海外展開など次なるステップを視野に、内部管理体制の整備支援に取り組んでいるグローカル事業本部 札幌支店の加藤宅真がインタビューします。

父の会社の倒産。経験も会社もない船出。

Q.まずは設立の経緯をお聞かせください。

佐々木社長
父が帯広で食肉加工の会社をやっていました。曾祖父がはじめた肉の卸問屋からはじまり、父で三代目。私が中学生の頃には札幌へ進出して工場をつくり、当時はバブル全盛で父の会社は売上高100億円までになりました。私も弟の副社長も、東京の大学へ行き、私は食品の専門商社へ。弟も東京で就職しました。数年して父から手伝ってくれと。新たにつくった工場を任せるということで、私は戻り、弟も2年後に戻って来ました。その工場では、北海道で有名な老舗レストランからライセンスを受け、ハンバーグを生産してスーパーへ卸していました。最盛期は工場だけで10億円は売り上げていたと思います。ところがBSEや鳥インフルエンザ問題で、会社は倒産してしまったのです。父は破産し、一緒にやっていた親戚もバラバラになり、私と弟だけが残されました。ふたりで途方に暮れていたときに、スーパーのバイヤーさんから「レストランのハンバーグを復活させよう。工場も探すし、うちで売るから」と、ありがたい言葉をいただきました。そこで、もう一度ライセンスをいただくために、レストランへお願いに行ったのです。

佐々木副社長
でも、潰れた会社の息子に信用なんてありません。おまけに会社もないので、兄と私の個人としてお願いに行きました。

佐々木社長
担当の方に必死にお願いをして、後日レストランの社長から連絡をいただきました。そのときすでにレストランのライセンスは大手の食品会社が名乗りを上げていて、レストランの役員は大手と決めていたそうです。でも、レストランの社長は「明治から続く我々が義理人情を忘れて商売を変えたら続いていかない。あなたたちでやるよ。役員は私が説得する。息子の代まで一緒にやってほしい」。と言ってくれました。

佐々木副社長
ふたりの個人の名前で、ライセンス契約を取り交わしてくれたんです。

佐々木社長
さらにありがたいことに、父の破産管財人の補助者の公認会計士の先生から、有限会社伸和という休眠中の会社をご紹介いただき、その会社を使ってレストランのハンバーグを販売する事業を始めることができました。再起をかけて、バイヤーさんもレストランも私たちも、売るぞという強い気持ちで一致団結で再スタートを切りました。おかげさまで、レストランのハンバーグは売れに売れました。


諦めずに考え続けて見えたこと。

Q.そこから店舗にはどのようにつながっていきましたか?

佐々木社長
自社ブランドのハンバーグをつくろうと、自分たちの店をつくり、店の看板をつけたハンバーグを売ろうと考えたことがきっかけです。

佐々木副社長
札幌の住宅街で20坪家賃8万円の店を借り、父がやっていた「炭亭」という店の名前で、ふたりで始めました。当時流行りの業態を真似して、釜飯と鮮魚と焼き鳥のお店にしてハンバーグも出そうと(笑)。しかし、ふたりとも飲食店経験はありません。

佐々木社長
そうです。ど素人です。弟が厨房に入り、私がホール担当。昼間はハンバーグの仕込みをしながら、店で焼き鳥を刺して夜に焼いて売る。ところがどう頑張っても焼き鳥1本100円でしたから、100本売れても1万円。100本刺すのは大変なんです。手が痛い痛い。その焼き鳥をつくっているときに誕生したのが、実は生つくねなんです。

佐々木副社長
焼き鳥にはしなかった部分の鶏肉を使った商品開発をしようと。

佐々木社長
弟は一口食べれば、だいたいのものがつくれる特技があったので、うちオリジナルのおいしいつくねをつくろうと、生から焼き上げるから頭のほうを大きくして。今「炎」で出している生つくねの原型です。

佐々木副社長
ミンチを練るのも10℃以下でないと繊維が崩れ、肉汁が逃げてしまうので、冷たい肉に手を入れ、ふたりで一生懸命こねていました。

佐々木社長
でも、つくねは日に44本しかつくれません。1本100円でしたから完売しても4,400円。これは割に合わないと思いつつも、近所のおばちゃんが毎日買いに来てくれるんです。だから、つくり続けました。しかし、住宅街ではアルバイトも集まらない。売上も月150万円が限界です。そこで、どこかの本で“居酒屋は立地産業”と書いてあったので、札幌の西町へ店を移したところ、なんと売上は3倍になりました。

佐々木副社長
けれど、お客さまには怒られっぱなしです。焼き鳥は焦げてるし、刺身はつながっている。素人がそのままやっているから当然です(笑)。

佐々木社長
ノウハウなんてないですから、やりながら考え続けて、本当に試行錯誤の毎日でした。自社工場を持つきっかけも、つくねや焼き鳥の仕込みをお願いしていた加工会社が潰れてしまい、考えた末に弊社で買い取ったのです。

佐々木副社長
ちょうど同時期にショッピングモールの誘致もあって、焼き鳥を売らないかと。それで持ち帰りの焼き鳥店を出しました。オープンセールで半身揚げを500円で売り出したところ、2時間待ちの行列ができ、連日の大盛況。たった8坪の店舗が月1,500万円の売上を出しました。居酒屋の売上は当時600万円でしたから、こんないい商売はないと。

佐々木社長
ところがマージンが高く、フタを開けたら、毎月数百万円の赤字。でも、行列を見ていた他の企業からも誘致があり出店しました。オープン当初は売れましたが、そこも日に日に売れなくなります。当時はデフレ絶頂期で、250円弁当を売ったり。しかし100個売っても2万5,000円。そこでまた考えました。居酒屋には生つくねという柱があるが、ここにはない。それで商品開発に取り組みました。

佐々木副社長
それで半年かけてようやくできたのが、塩ザンギです。はじめは「北海道の若鶏をつかった柔らかくジューシーな塩ザンギです」とお客さま一人ひとりに説明しても、試食だけで一向に売れません。お買い上げいただいても、3つだけくださいと。100g100円でしたから、100円売るのにどれだけ試食させているのだろうと(笑)。

佐々木社長
もしかしたら、量り売りは買いづらいのかもしれないと思い、パックに500円分を詰めて販売しました。パックからはみ出すほどのボリュームになって、これで売ってみたら、売れるんです。パック詰めが間に合わないほどでした。

佐々木副社長
これが今のメイン商品である「生つくね」と「塩ザンギ」の始まりです。

佐々木社長
なぜ、弊社が今まで成長を続けて来れたのか。振り返ればそれは、諦めずに研究し続けて来たからだと思います。どこのお店も売れないと諦めてしまうものです。でも、我々からすれば、なぜ売れないのかを研究していない。そこにたどり着けば、必ずビジネスチャンスがあるということを身をもって知ったのです。

Q.居酒屋、物販店を展開され、成長カーブの転換点はどのタイミングでしたか?

佐々木社長
最初の目標は売上高3億円、次に10億円、そして30億円と、今は100億円を目指して、それに見合った組織をつくろうとやってきていますが、10億から30億にかけての時期だったかと思います。

佐々木副社長
ちょうどショッピングモールで物販店をはじめたり、工場を買収した時期ですね。工場は立て直しを図り、ようやく黒字になったときに、工場の余力を利用して物販用の生産を始め、稼働率がドンと上がりました。工場で利益が出せれば、たとえ販売で儲けが薄くても生産量だけ利益が上がる状態になりました。

佐々木社長
利益が出始めてからふたりで話したのは、これからは従業員のことや社会に対する貢献も考えないといけないと。ある程度の企業規模になれば、ふたりではどうにもならなくなる時期が来る。だから次のステージへ行くためにも、内部管理体制を整えようと監査法人さんからエスネットワークスさんをご紹介いただきました。


思いがあってこその数字なんだ。

Q.我々が入ることによって変化はありましたか?

佐々木社長
変わりました。加藤さんはじめ、エスネットワークスの皆さんは本当に人が良いんですよね。周囲を惹きつける魅力がある。加藤さんのおかげで従業員が目指すレベルが高くなってきたんです。社員がどこを目指すかと言えば、加藤さんとなりますから。加藤さんという高い目標が社内にいて、今まで自分たちが立てていた予算ってなんなのだろうってみんな思っているはずです。そこができたことは、会社が変わる大きな転換点になったと思っています。あとは、コミュニケーションを取ってくれるのが良かったですね。今まで経理や総務などとのコミュニケーションは正直薄かったです。営業とは営業会議を開こうと積極的にやってきましたが、経理や総務はそうならなかった。でも、エスネットワークスさんに来ていただいて、営業も経理も総務もひとつにまとまることができた。

佐々木副社長
加藤さんはうちの従業員からも信頼が厚くて。面倒見がいいんですよ。立場的には店長と話さなくてもいいのでしょうけど、そこまでやっていただけますからね。

Q.ありがとうございます。これから御社は大きな組織になるフェーズを迎えますが、弊社に期待することは?

佐々木社長
どんどん踏み込んでほしいです。本当に経営まで踏み込んでほしいし、期待も信頼もしていますから、一緒にやっていきたいです。そのためには何をしなければいけないのかという課題はたくさんあります。たとえば、原価を1%下げるにはどうするのかなど、一緒に取り組んでいければと思います。我々がこれまで判断してきたのは感覚です。この感覚を数字というカタチにできるのは、エスネットワークスさんの強みだと思います。高い安いと感覚で判断していたものが、数字的な根拠から考えることができる。また逆に、経営側の思いを数字に表して従業員に伝えられる。そのようになっていけたらと思います。やはり説得力が違いますよね。数字は嘘をつきません。だから、感覚ではなく、数字でこんな状態だからねと従業員に示せば、彼らも納得してくれます。

佐々木副社長
今までは感覚でやっていて、従業員もある程度感覚が身に付いて、理解はしているはずなんです。それをより具体的にひも解くツールとして数字でしっかり示す。今までは数字で示しても正確性が欠けていたので、そうなるとそこで追求が終わってしまうんですね。でも、加藤さんにやっていただいて、この数字は間違いないと言い切れます。今では現場が数字をもとに真剣に改善に取り組むようになってきました。ようやくそこにたどり着いたので、これから期待することはさらに一緒にそこを掘り下げ、現場の利益改善をどうやっていくかを強化していきたいです。これからもぜひ、お願いします。

Q.こちらこそお願いします。これからの発展に向け、どのような組織を目指していますか?

佐々木社長
生つくねや塩ザンギをつくったときもそうですが、商品をつくることは、気持ちが必要です。そういった気持ちを持てる人材を育成していきたいですね。あとは、加藤さんがその気持ちを数字にする。気持ちがあるからこそ、こんな数字になったんだと、みんながそういうプロセスを分かち合う組織にしたいですね。だから数字数字というわけではなく、数字をつくるためにはこういう苦労があって、こういう気持ちがあるから、だから数字が伸びたんだということが浸透するような組織でありたいです。

佐々木副社長
数字は結果です。でもそこには必ず思いがあって、思いを具体化し、行動プランをつくった結果が数字になる。その結果を見て、思いや目標が良かったかどうかを判断していきたいと思います。具体的な数字目標じゃなくてもいいんです。例えば、店長が「炎の中で一番おいしい料理を出せる店にする」という目標を目指した結果が数字に出ると思うのです。数字ありきだと組織は疲弊しますから、思いがあってこその数字なんだとみんなに教えていきたいです。


目指すは、グローバルでの6次産業化

Q.今後の発展の中で、御社が掲げる6次産業化をどのように組み入れていきますか?

佐々木社長
今取り組んでいるのは、さらなる6次産業化の推進です。今は道内で3ヵ所の養鶏場を営んでいますが、その関連で特殊な亜麻仁のエサを使った、弊社オリジナルの牛を育てて自社販売することに加え、他社にも販売していただくビジネスモデルの構築にも取り組んでいます。単なる6次産業化では差別化できませんので、弊社でしかできない育て方の独自モデルをつくろうと考えています。畜肉系は弊社の得意分野ですから、オリジナルの畜牛を発展させながら、豚や鳥も。それと一緒に北海道の各地域のおいしい野菜も一緒に弊社の店舗で販売する。道内各地の名産を取り込み、地産地消していき、横流通させながら、北海道という強みを生かした独自モデルをつくっていきたいと思います。

佐々木副社長
加えて、北海道だけでなく全国に牛はいます。その地域で6次産業化を行い、牛を育て、そこで焼肉店などの店舗をつくることもしていきたいです。広くとらえれば、牛は世界のどこにでもいますから、世界中で6次産業化はできると思います。ただ店舗を出すのではなく、6次産業化することによってその国の農業も変わる。そんな架け橋に我々がなれればと思います。

Q.海外展開の足がかりとしてロシアに出店されましたが、次はどのようにお考えですか?

佐々木社長
まずはロシアを成功させたら、アジア圏ですね。アジア圏も6次産業化をやっていきたいです。ロシアで6次産業化が成功すれば、いろんな国からオファーが来ると思うのです。そういった取り組みは農林水産省と一緒にやっていくと思いますので、大きなプロジェクトになってくるのではと想像しています。また、オリジナルのエサを輸出して、そのエサを食べた牛の肉を自分たちの店で食べてもらって、おいしいねとロシア中に広まれば、オーストラリアで日本人が和牛を育てたのとおなじように、ロシア道産牛ができるかもしれません。弊社オリジナルのエサは、それくらい画期的なものだと自負しています。海外にノウハウを持っていってつくる話はよくありますが、それを自分たちの店で提供するというのは例がないので、目指すはグローバル的な6次産業化です。

Q.そのためにもまずは売上高100億円を達成することですね。

佐々木社長
はい。みんなで100億円を目指しましょう。今後ともよろしくお願いします。

本日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。

担当者の横顔

加藤 宅真 株式会社エスネットワークス グローカル事業本部 札幌支店

会計事務所を経てエスネットワークスに入社。入社後は主に上場企業の決算支援、開示支援、中小企業の再生支援業務を担当。現在は、上場準備企業の内部統制構築支援業務に従事している。

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