トップランナーの視点。

REVICパートナーズ株式会社 代表取締役社長 中桐 悟

筑波大学卒業後、オリックス株式会社に入社。法人営業を経て審査にてM&Aやストラクチャード・ファイナンスなど投融資の経験を積み、事業再生分野で有名なプライスウォーターハウスクーパースアドバイザリー合同会社へ転職。大型倒産案件に携わる。2003年、株式会社産業再生機構へ。支援先である企業を上場させる。08年にはフロンティア・マネジメント株式会社にて事業再生アドバイザーとして活躍。09年、現在の株式会社地域経済活性化支援機構(REVIC)の前身である株式会社企業再生支援機構へ。マネージングディレクターとして4社を支援。15年に「地域中核企業活性化ファンド(290.5億円)」を運営するREVICパートナーズ株式会社の代表取締役に就任。現在に至る。1972年生まれ。

イノベーションを巻き起こし、時代を牽引する人とは、
どのような視点や考え方を持っているのでしょうか?
そのヒントを探るべく当社代表の須原伸太郎が時の人物に迫ります。

日本航空株式会社などの経営再建を支援した国の認可法人である企業再生支援機構。
2013年に「地域経済の活性化」という新たな旗印を掲げ、中小企業の事業再生と地域活性化を支援する機関として、
地域経済活性化支援機構(REVIC)に生まれ変わりました。このREVICと弊社が共同出資し、
2015年にREVICパートナーズ株式会社を立ち上げ、「地域中核企業活性化ファンド」を設立。
資金と合わせて経営支援人材を派遣し、地域の中核企業に貢献しています。
REVICパートナーズ株式会社の代表を務める中桐氏は、事業会社、コンサルティングファーム、投資と様々な観点から経営を捉え、支援を実行してきた企業再生のスペシャリストです。支援するうえで大切していることや投資判断基準など、氏の考え方に迫りました。

オリックスで再生への礎を固める。

須原
この対談では毎回、幼少期の夢からお伺いしていますが、中桐さんはどんな夢をお持ちでしたか?

中桐氏
弁護士になりたかったですね。中学生のときに読んだ本の影響だと思いますが、私は算数、数学が大好きで、ロジカルに物事が運ぶ仕事が楽しそうに見えたんです。弁護士はロジカルだけど、答えはひとつじゃなく、いくつも答が見出せる。これはすごく面白そうな仕事だなと、大学に入るまで思っていました。

須原
では、大学は法学部ですか?

中桐氏
いいえ。私は筑波大学の社会学類で、そこでは入学後に、経済、法律、政治、社会と専攻を選べるんです。で、実は、政治を選びました。

須原
政治ですか?

中桐氏
弁護士は法律を運用するだけなので、物事を変えるなら立法から入らないとつまらないと思いまして、政治がいちばん面白いのかなと。でも、新卒でオリックスに入りましたので、大学で何を選ぶのかはあまり関係なかったですね(笑)。

須原
オリックスを選ばれた理由は?

中桐氏
大学の先輩からあらゆる業界の1位、2位の会社を全部受けてみたらと言われて。損保、不動産、テレビ局、銀行などを回って。そこでわかってきたのはBtoCのビジネスは自分はどうも好きじゃなさそうだいうことでした。BtoCはあまりロジカルな世界じゃない(笑)。そうなるとBtoBで、必ず法人営業ができるのがオリックスだったんです。

須原
オリックスではどんな日々を過ごされましたか? 中桐氏:最初は大阪の営業本部に配属されて、すごいスパルタでした(笑)。全体研修が終わった後に部で個別の研修が始まるんです。夜の7時から3時間。でも、これがすごい良かった。例えば契約書の裏面に書かれている「不測の事態」の意味。この内容を自分で調べて上司に説明するなど、ビジネスの基本を身に付けることができました。転機は入社4年目です。大阪審査部へ異動になって、投融資審査を行うようになりました。審査はオリックスのほぼ全ての案件をみることができ、M&Aやストラクチャード・ファイナンスとかいろんなスキームが勉強できました。当時は大企業が倒産する時代で、オリックスでも再生型 M&Aを検討していて、調べていくうちにプライスウォーターハウスクーパース(以下PwC)が事業再生の分野で有名であることを知り、だったらそこに行ったほうがスキルが早く積めると思い、転職しました。

須原
オリックス時代に今のベースとなるノウハウを身に付けられたと。

中桐氏
はい。不良債権処理等後ろ向きの業務を理解しておかないと、投融資判断等前向きの業務が適切に行えないという部の方針があり、回収実務から与信判断まで幅広く経験できました。

須原
PwCではどんなご経験を。


コンサルティング・ファームと
機構のリボルビングドア。

中桐氏
当時は大型倒産が多く、私は大手生保の売却のアドバイザーの一兵卒として死ぬほど働いていました(笑)。また、別の案件では、クリスマスの日にバルクセールのファイルをプリンターが壊れそうになるまでひたすらコピーしていることもありました。PwCにいたときは世の中がだんだん事業再生モードになってきた時代の端境期でしたね。

須原
そして、産業再生機構ですね。

中桐氏
はい。コンサルティング・ファームを経験してわかったのは、計画、実行、M&Aとそれぞれ部分でしか携われないことです。全体を通してやってこそ、世の中に対してどれだけの付加価値が提供できたのかがわかります。なので、機構へ入社しました。 機構では担当した長野県の工作機械メーカーの入口から出口まで担当できて、上場も果たせました。マクロ環境に恵まれたところもありましたが、機構が支援した41案件中、上場でEXITしたのはこの会社だけでした。

須原
それは非常に貴重な経験でしたね。そしてまた、コンサルティングファームへ。

中桐氏
はい。次はフロンティア・マネジメントでターンアラウンドグループの統括執行役員として参画しました。もともと私はPwCに入ったときから成功報酬型で事業再生案件をやっていきたいという思いがあったんです。フロンティア・マネジメントの経営陣も同様の考えがあったので、一度挑戦してみたかった。ただ、実際にやってみると成功報酬型で契約することは難しく、チャージやプロジェクトベースが大半でした。

須原
成功の因果関係をどうセットするか。景気がたまたま良かったからとか、マクロ環境の影響もあり難しいところですね。

中桐氏
はい。そうこうしているうちに企業再生支援機構ができるという話があり、フロンティア・マネジメントの代表に相談したところ、行ってこいと送り出してもらいました。

須原
企業再生支援機構の実績は日本航空が有名ですが、どのような企業を担当されましたか?

中桐氏
担当したのは4件で、たまたまですがBtoBのメーカーなどが中心でした。

須原
企業再生支援機構から現在の地域経済活性化支援機構(REVIC)に変わっていきましたが、その際に何かお考えになったことはありますか?

中桐氏
今後のマクロ環境について自分なりのシナリオを策定し、そのうえで、自分がどういう仕事をすべきかは考えました。企業再生支援機構のときは経営者の退陣を前提とした再生を行っていたのですが、社名が地域経済活性化となり、活性化に対してどんなことができるのかを考えました。日本全体として、いちばん伸び代がある形はどのようなものか?ずっと考えてきた成功報酬型コンサルティングの形を変えて、資本と人的支援を一体化して取り組むことはできないか?ちょうど政府内でも地域中核企業と地域の戦略産業の育成というテーマがあったので、そのようなファンドがあったらそれに資するんじゃないかと仲間と議論し、「地域中核企業活性化ファンド」として試すことになりました。このファンドに挑戦できるのは機構だからこそ。リターンだけでなく、官民ファンドとしての意義を満たしていくこの仕事は非常に気に入っています。


支援先が日本の中核企業の
モデルになるために。

須原
地域経済を活性化するために中核企業に求めることや、投下した資本がどのように使われるべきなのか、中桐さんが描く設計図があれば、教えていただけますか?

中桐氏
いちばんはモデルケースをつくることです。モデルになりうるためには、その会社にとって何らかの新規性があったり、あるいは、生産性向上につながることなどが重要です。日本全体で言えば、これから生産年齢人口が減少していく中でGDPを上げるには、一人当たりの生産性向上とイノベーションが欠かせません。また、地域を1つの国として捉えた場合、競争力のあるビジネスを構築し、地域外からの収入を増やしていくことも大切です。国で言えば、輸出を増やしていくということですね。例えば、現在支援中の神奈川県の基板メーカーは世界3位のシェアを持っていますが、今後、車載用基板が中心になっていく世界でトップになりうる可能性を秘めています。そういう橋渡しを、私たちができればと考えています。加えて、これからの時代、日本に残るものは何かと考えると、多品種少量生産です。多品種少量でいかに効率的に生産するか。現在支援している宮城県の産業用刃物メーカーは多品種少量のものづくりをしていますが、効率的な生産を実現することで、日本の中小企業、中堅企業が生きるひとつの道を示せると思っています。

須原
支援先が日本の中核企業のモデルケースになるんですね。

中桐氏
はい、そうです。ただ、我々が支援できるのはせいぜい10件くらいです。10件だけでは世の中は変わりません。その10件が波及効果のあるモデルになってこそ、初めて意味が出てきます。社会的に意味がある地域活性化モデルを創出したいのです。

須原
なるほど。加えて、教えていただきたいのは、投資の基準です。どんな業種、業態、ビジネスモデルでも共通する判断基準があると思うのですが。

中桐氏
そうですね。我々はお金を預かって運営していますから、まずは投資回収できる事業・財務基盤があって、バリュエーションが合うということ。これは最低限の条件です。そして、官民ファンドとして取り組む以上は、金融面と事業面でそれぞれひとつずつモデルとなるような意義を示したいと思っています。先ほどの基板メーカーで言えば、事業が半導体に類するため、波動性が大きい。こうした企業に対して、エクイティ性のリスクマネーを公募増資以外で投入する提供方法をきちんと根付かせたいです。事業面ではグローバルニッチトップになる可能性があるので、それをしっかりサポートする。刃物メーカーは、借入がずっとロールオーバーで単年度しか更新されていなかったところに、我々がエクイティ性のリスクマネーを入れることで、長短のバランスの良いローンに乗り替えるモデルができました。事業面では多品種少量生産の効率化です。金融面と事業面で意義を考えながら案件に取り組む。これは我々が常に意識していることです。


290億円を担うプレッシャー。

須原
中桐さんは事業会社、コンサルティングファーム、投資会社とキャリアを積んできて、バイサイド(投資)とセルサイド(コンサルティング)の経験があります。両方を経験して、気づいたことはありますか?

中桐氏
コンサルティングは頭が相当にキレて、同じことをあまり繰り返したくない、短期間でいろんな刺激に触れたい方が向いている気はします。逆にバイサイドは少し泥臭いところがあったとしても、成果に執着したい方に向いていると思います。

須原
中桐さんはバイサイドの方が向いているわけですね。

中桐氏
そうですね(笑)。成果に執着するほうが、世の中の役に立つと思うんです。

須原
さらっとおっしゃいましたが、中桐さんはファンド組成金額290.5億円を投資に使わないといけないプレッシャーと、使った後にリターンを出さないといけないプレッシャーを背負っています。どうやってプレッシャーと向き合っているのですか?

中桐氏
これは割り切り、というか覚悟です。世の中思い通りにはなりませんので、投資規律を守りつつ、ファンド業務に全力を尽くすのみと考えています。一般にファンド業界ではノーディール=ワーストディールと認識されており、投資枠消化へのプレッシャーはとても強いです。他方で、ファンドにとっては投資規律が極めて重要です。官民ファンドとして、地域活性化モデルの創出を意識しつつ、リスクを取りすぎていないかはすごく気にしています。とりわけ、ファンドの組成時に比べてマクロ環境は大きく変化しました。具体的には、マイナス金利導入以降、金融環境は大きく変化したことを実感します。金融機関の普通のローンが吸収できるリスク度合いが向上しているなかで、マイナス金利以前に組成されたこのファンドのリスク許容度はどこまであるのか。非常に悩ましい点ですが、リスクリターンに応じた投資規律が重要であり、それを守りながら、投資機会の追及に尽力する以外にないと思います。あとは、須原さんが案件を持ち込んでくれることを期待しています(笑)。

須原
そうですね(笑)。頑張ります。今のお話で、中桐さんはプレッシャーと自信の両方を抱えながら奮闘されてらっしゃることがわかりました。

中桐氏
はい。残りの投資枠を消化できるよう、ベストを尽くしていきます。

須原
貢献できるように頑張ります。


世の中でいちばん欠けている
ところに身を置きたい。

須原
中桐さんは投資のファンドマネージャーであり、REVICパートナーズの社長であり、コンサルタントでもありました。コンサルティングという立場と、いまの社長という立場が線でつながっているとしたら、メリットだったと思うこと、あるいはつながっているからこそのデメリットなどがあれば教えてほしいのですが。

中桐氏
今の社長という立場でこれまでの経験を振り返ると、多様な視点をもてるようになったことがいちばんの財産に感じます。戦略系のコンサルティングをやり、ファイナンシャル系のコンサルティングもやり、ターンアラウンドの経営者もやる。それらから得られる見方は必ず財産になります。経営者は最終的に組織の潜在力をどう引き出すかです。あらゆる手を使って人に動いてもらわないといけないので、相手の立場に立った見方はすごい大切だと思います。

須原
なるほど。一方で、経営はやるかやらないかの世界でもあります。とすると手前でシミュレーションをし過ぎてしまうと、行動力が鈍るとも考えられますよね。予測・分析しすぎて行動が遅れる。または、結果、行動しない。この点はどのようにお考えですか?

中桐氏
それはデメリットですね。私も産業再生機構で上司に修正されました。君は予防的に物事を考えすぎると。たしかに私は仕込み8割と考えるタイプで、事前にケアしすぎるんです。だから大きいところをケアして、あとは問題が生じてからリカバリーする手法も身につけないと、複数案件を同時に回せないと。それ以来、リカバリーの手法を意識するようになりました。いくら用意周到にしても問題は必ず起きますから。

須原
たしかにそうですね。それでは、最後の質問になりますが、現時点で考えられている次の10年の夢や目標があれば。

中桐氏
起業したいですね。世の中でいちばん欠けているところに身を置きたいです。以前は再生分野に人がいなかったですが、今の日本は起業家が少ないですから。

須原
具体的なプランはあるのですか?

中桐氏
いいえ。ファンドの投資にあと2年間、集中しないといけないので。投資ファンドの役割を全うしてから、須原さんに相談します。

須原
かしこまりました(笑)。

中桐氏
その次はパラレルワーキングをやりたいです。経営しながら小説を書きたいです。

須原
経済小説とか書けそうですね。経営者兼小説家、いいですね。楽しみにしています。

中桐氏
本が出たら売りに行きますね(笑)。

須原
ぜひぜひ。本日はどうもありがとうございました。

編集後記

地域経済活性化支援機構とエスネットワークスが共同出資してスタートしたREVICパートナーズ。地域経済を担う中核企業に対して成長資金を投下し、日本経済全体の底上げを狙う。という大義の元、今年で早くも3年目を迎えました。中桐さんは、物事の見方が一面的でなく、柔軟です。交渉すべきは交渉し、譲歩するところは譲歩する。セルサイドとバイサイドの立場を共に経験しているからこそのバランス感覚。といえばいいでしょうか。ファンド運営の責任者として、重圧もあろうかと思いますが、持ち前の笑顔で、プレッシャーを感じさせることもありません。“日本国経済に貢献する”という企業理念を掲げる当社にとって、中桐さん率いるREVICパートナーズは、理念そのままの活動を展開しています。引き続き全力で支援させていただきます。

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