トップランナーの視点。

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株式会社デジタルハーツホールディングス 代表取締役社長 CEO 玉塚 元一

1962年生まれ。慶應義塾大学卒業後、旭硝子株式会社(現:AGC株式会社)に入社。社内留学にてMBA、国際経営学修士号取得。1998年、日本IBM株式会社へ転職するも株式会社ファーストリテイリング社長の柳井正氏との出会いにより、わずか4ヵ月で株式会社ファーストリテイリングへ入社。2002年、同社代表取締役社長兼COOに就任。その後、事業再生、経営支援を手がける株式会社リヴァンプを澤田貴司氏と共に設立、共同代表に就任。2014年、株式会社ローソン代表取締役社長に就任、2016年より同社代表取締役会長CEO。2017年1月より株式会社ハーツユナイテッドグループ(現:株式会社デジタルハーツホールディングス)顧問、6月に代表取締役社長CEOに就任、現在に至る。

イノベーションを巻き起こし、時代を牽引する人とは、
どのような視点や考え方を持っているのでしょうか?
そのヒントを探るべく当社代表の須原伸太郎が時の人物に迫ります。

ユニクロやGUを展開する株式会社ファーストリテイリングの社長を務め、その後、事業再生を手がける株式会社リヴァンプを設立し、 様々な企業の再建に尽力。そして、新浪剛史氏より株式会社ローソンのバトンを受け社長を務めた、玉塚元一氏。多くのビジネス誌や メディアで取り上げられるプロ経営者です。現在、玉塚氏はデジタル製品の不具合を検出するデバッグ事業をコアに急成長する株式会社デジタルハーツホールディングスの代表取締役に就任し、新たな経営改革に取り組んでいます。氏の原点やこれまでの歩みなどから仕事に 対する姿勢や考え方に迫りました。

リベンジしなきゃいけないんだ。

須原
さまざまなメディアにご登場されている玉塚さんですが、子どものころなりたかった夢を教えてください。

玉塚氏
ちょっとディープな話になりますが、うちの曾祖父は玉塚証券を創業し、祖父が成長させました。ところが昭和40年の証券不況で、あとを継いだ父の時代に吸収合併されて、玉塚証券が消滅してしまったんです。そのときになぜ家業を守れなかったんだろうと、ものすごく感じました。だから、漠然とですが、何か事業を起こして、リベンジしたいと思っていたんです。玉塚証券を成長させた祖父というのは、東京証券取引所の理事長も務めた玉塚栄次郎で、私が初孫でした。僕を抱っこして喜んで、その5ヵ月後に他界したそうです。だから僕には記憶がない。ただ、お祖母さんから「あなたはお祖父さんの生まれ変わりだから、もう一度、家業を繁栄させなきゃいけない」って刷り込まれていたんですね。僕の学校は慶應でしたから、なかには商売をやって成功している家の子もいて、僕はこいつらと違う、ゼロからリベンジしなきゃいけないんだという気持ちがありました。だから一番キツくて、強くなれそうなラグビー部に入ったんです。

須原
意外です。玉塚さんにも反骨心みたいものがあったんですね。

玉塚氏
反骨まではいかないのですが、やっぱり男子たるもの、負けん気というのがあるじゃないですか。慶應という環境だから余計にそう思ったのかもしれません。

須原
玉塚さんと言えば、ラグビーです。ラグビーをやっていて良かったことは何ですか?

玉塚氏
当時の慶應は花園で活躍するような選手は採れなくて、たたき上げの選手ばかりで強豪校に挑みました。大学4年のときに対抗戦で優勝して、大学選手権では同志社に敗れ、準優勝。同志社には平尾誠二選手や大八木淳史選手がいたんです。でも、このたたき上げのメンバーで早稲田や明治といった強豪を倒すことができた。慶應の体育会を生んだ小泉信三先生が「練習は不可能を可能にす」という言葉を残していますが、実力がなくても小さくても、志を持って努力すれば、巨象でも倒せるんだということを実体験できたのは、何よりも大きいです。

須原
それは自信になりますね。

玉塚氏
もうひとつは海外で仕事をしていたとき。世界にはラグビーを愛している人がたくさんいて、やっていたというだけで地位とか関係なく仲間になれるんです。よくビジネスランチで「キミは体が大きいけど何をしていた?」と聞かれ、「ラグビーだ」と答えた途端に、それまで厳しかった商談がスーッと進んだり。ラグビーには助けられました。

須原
新卒で旭硝子を選ばれたのはなぜですか?玉塚さんは商社のイメージがあります。

玉塚氏
ラグビー漬けだったので、成績が悪くて、商社には入れなかったと思います(笑)。僕が旭硝子を選んだのは、家業とは異なる業種でしたし、ものづくりは経済の根幹ですから。それと、海外で活躍するビジネスパーソンになりたくて。だから、メーカーで海外拠点数が多くて、同期が少ない会社を選びました。海外へ行ける確率は高くなるでしょ。

須原
戦略的な選択ですね(笑)。でも、なぜ海外に目が行ったのですか?

玉塚氏
それは大学ラグビーでのイギリス遠征の経験があったからです。ケンブリッジやオックスフォードとの試合後に食事会があるんです。ハリーポッターに出てくるような大広間で食事をしていると向かいに座る学生が英語で話しかけてくる。でも、英語が話せないから、「ビーフグッド」くらいしか言えない(笑)。それで、これはほんとうにもったいないなと。世界のいろんな人と友だちになりたいし、世界で活躍できる人間になりたいとすごく思いました。


とにかく聞きまくる。


須原
あまりメディアでは目にしない旭硝子時代の玉塚さんを教えてください。


玉塚氏
旭硝子ではたくさんの刺激を受けました。最初は千葉の化学品工場に配属にされて、2年間の見習いです。安全靴履いてヘルメット被って、工場で仕事をしました。

今でも覚えているのですが、工場で初めてミーティングに参加したときです。会議の内容が何もわからないんです。ただ、早稲田卒の同期は発言をする。そのとき僕の中でスイッチが入りました。これからはここが戦いの場だと。わからないことを絶対に先延ばししない。そう決めました。でも、これが大変で、工場は疑問の塊です。なぜあのタンクからこれが出てくる?この原材料はなんだ?とね。でも、僕は物怖じしない性格なので、工場の人たちに聞きまくる。するとみんな親切に教えてくれるんです。そのうちスナックに連れて行ってくれたり。いろんなことを吸収しました。嬉しかったのは2年経って千葉工場を出る日に、その早稲田卒の同期が、おまえの吸収力とパワーに負けたって。

須原
それはローソンの方から聞いたエピソードと一緒です。玉塚さんはオーナーにグイグイとなんでも教えてくださいと、あり得ないくらいに入っていくと。

玉塚氏
いやいや。大したことはしていません。あと、商売が面白くなったのは旭硝子のシンガポール時代。入社4年目から4年いたんですけど、これも貴重な経験でした。当時僕は、精密部品用の洗浄剤などをアジア各国に販売していたのですが、日本工場での製造だけでは足りなかったため、現地の会社を買収したり、物流拠点のジョイントベンチャーをつくったりしていました。しかし、買収先の役員になったときに、僕は貸借対照表も読めない。複数の投資オプションから選択するにも、どれが良いか論理的にわからない。ビジネスの基礎体力がないと思ったんです。そんなときに社内の回覧板で、ビジネススクールの募集があって、これだと思って申し込みました。でも、入学適性検査を受けたら600点は取らないといけないのに250点。そこから図書館で勉強して、高校生にも教えてもらって、なんとか合格できました。アメリカのビジネススクールでもあらゆる教授にわからないことは聞きまくっていましたね。正直言うとね、学生の頃はラグビーばっかりやっていたので、アカデミックな部分にはコンプレックスがあったんです。でも、ふたつのビジネススクールで成績優秀者として表彰されて、僕の中でそれがスーッと取れたんですよ。あとはアメリカのアントレプレナーに衝撃を受けたことも大きかった。ジーパンにキャップの30代の経営者が1,000億円の会社つくって、この商品で将来を変えるんだと話す姿は、ほんとうにびっくりした。彼らには勝てない。でも、僕にできるかどうかわからないけど、小さくてもいいから会社をやりたい。そう思って、旭硝子を辞めました。


勘違いしかかっていた。

須原
現在、ファミリーマート社長であり、リヴァンプの共同経営者だった澤田貴司さんとはいつ出会ったのですか?

玉塚氏
澤田さんとは旭硝子時代からの付き合いで。彼は僕より5つ上で、伊藤忠商事の商社マンでした。シンガポールではよく一緒に仕事をしたんです。僕は旭硝子を辞めて、日本IBMに入り、これからはITだし、覚えながら、やりたい事業を考えようと思っていたときに、澤田さんから「IBMに行ったんだって、プレゼンしに来い」とね。

須原
それでお誘いがかかった。澤田さんがファーストリテイリングにいたときですね。

玉塚氏
そうです。澤田さんのご紹介で柳井正さんとお会いしたのですが、本当に衝撃的でした。当時のアパレル産業の構造はおかしいと。本来1,000円で売れる商品が10,000円になっている。価格変動を抑えるためにもベーシックに集中して、品番を絞り込み、生地にも生産にも踏み入って、需要予測の精度を上げていくんだと。そうなれば、お客さまにもっと付加価値の高い商品を市場最低価格で提供できる。この産業を根本的に変える、という話をドーンとするわけです。それと、「玉塚君、MBAやコンサルでは経営者にはなれない」と言われたんです。なけなしのお金で店を出して、お客さんがなぜ来ないのかを考えながら工夫を重ね、一方で家賃も賃金も払わないといけない。現金はどんどん減ってゆき、胃が痛くなる。これを繰り返さない限りは絶対、商売人や経営者にはなれない。その話を聞いて勘違いしかかっている自分に気づいたんです。MBAホルダーのコンサルの自分。頭でっかちになりつつあると思いました。それで、申し訳ございません、何でもやりますから仲間に加えてください、と。今思うと、昔から友人だった澤田さんが意図的に引き合わせてくれたのでは?と感謝しています。

須原
ファーストリテイリングに入社されて、社長になられたのが39歳のときですよね。とはいえ30代です。まだ未熟な部分もあります。そのときにカリスマオーナーの柳井さんから社長をやってくれと言われたときの心境は?

玉塚氏
あのときは消去法で僕がやるしかなかったんです。当時のファーストリテイリングは危機的な状況にありました。僕が入ったときは700億の売上が、わずか4年で4,000億まで急成長したんですが、そのあとにユニバレとかで売上が急降下していくんです。製造小売業は好調のときは良いのですが、下がった瞬間にみるみる在庫が膨らんでいって、売り場はいつも同じ商品。いつもディスカウントされていて、お客さまが離れていくという負のスパイラルに陥りました。今でも覚えていますけど、僕が社長になってすぐに、土曜日の午後3時に原宿店に行ったら、お客さまが一人もいなかったんです。一人もいない店で、僕の足は震えていました。でも、この状況を立て直さないといけない。どうしたらいいんだろう。高品質なベーシックカジュアルを市場最低価格で販売するというモデルは絶対に間違っていない。ただ、ブームでおごりが出て、ニーズとズレてきたんだ。そこからみんなでやったことは、徹底的にもう一度お客さまの声を聞こうって、怒濤の消費者インタビューをやったんですよ。述べ5日間、朝から晩まで。僕や各部門の責任者10人でインタビューでお客さまの声をひたすら聞いて、問題点をホワイトボードに書き出した。そこから仮説を立て、PDCAを回して、少しずつ業績が上向きました。


柳井さんからすべて学んだ。

須原
では、社長をやるとき、柳井さんから何か要望はあったのですか?

玉塚氏
柳井さんはものすごく商売が好きで、ものすごく細かいことまで気にする方です。当時の僕の最大の反省は、若造で、社長の俺が決めるんだ、俺がやるんだと肩肘を張っていたことですね。今から考えると、どうでも良い細かいことでぶつかるわけですよ。当時は、自分ができる領域と柳井さんにお願いすべき領域を冷静に見極めながら、「一緒に会社を良くしていこう」という謙虚さと懐の大きさと、賢さみたいなものが圧倒的に欠如していました。だから、毎日ぶつかっていたんです。当時40歳前後の僕にはできなかった。責任も重かったし、やらなきゃいけないこともたくさんあった。このときの経験と、その後リヴァンプという会社で様々な創業者と向き合ってきた経験がある今の僕ならアドバイスできると思います。事業承継は全権委譲すべきだとか、白黒つけることは無意味だし、現実的じゃない。その辺のことはものすごく学びましたね。貴重な体験でした。

須原
前回の本誌にご登場いただいたUSEN-NEXT HOLDINGSの島田さんも同じようなことを言っていました。楽天の三木谷さんやUSEN-NEXT HOLDINGSの宇野さんという強烈なオーナーのビジョンを現実に落とし込んでいかないといけないと。

玉塚氏
僕の場合は、うまくできなかったことも多々ありました。でもそれはそれで強烈な経験です。僕は柳井さんのことは師だと思っています。本質的に何をしなくてはいけないのかという考え方やイノベーションを起こす熱意、ビジョン達成への熱い思いとか。僕は7年間、柳井さんと現場で勝負してきて、とくに最後の3年間はあれだけ力を入れてやらなかったら、今の私は到底ないです。今でも、年に数回は必ずご挨拶に行くんですよ。

須原
大切なものはすべて柳井さんから学んだと言っても過言ではない。

玉塚氏
そうです。商売の原理原則、強い会社をつくる原理原則、リーダーシップの原理原則など、根幹の部分は柳井さんにものすごく学びましたね。

須原
では、ローソン時代、柳井さんから学んだことは大きく生かされましたか?それともアパレルとはオペレーションが違うので、玉塚さんなりのチャレンジをされましたか?

玉塚氏
原理原則は一緒だと思います。ミクロとマクロを行ったり来たりしながら、正しいジャッジを行うスピードとか、PDCAとかの原理原則は一緒です。経営のやり方や正しい会社にいかに持っていくかということも本質的には似たアプローチだと思います。


ポテンシャルを現実にする。

須原
現在のデジタルハーツホールディングスでは、デバッグを中心とした事業を展開されていますが、玉塚さんが抱く将来展望を教えてください。

玉塚氏
私は、当社の成長のポテンシャルは、2つあると考えています。1つは、デジタル化の波がきているということ、もう1つは、豊富なテスト人材がいるということです。現在、デジタルトランスフォーメーション時代を迎え、身の回りのあらゆるもののデジタル化がこれまで以上に加速していきます。また、従来とは異なり、インターネットを介してあらゆるモノが連携することから、1つの不具合が引き起こす影響範囲が拡大する傾向にあります。当社は、創業から17年間、主にゲームソフトの不具合を検出する“デバッグ”で成長を続けてきましたが、ゲームとは異なるエンタープライズ領域でも、我々の市場ニーズは非常に高いと思っています。そのため、当社では現在を「第二創業期」と位置づけ、このエンタープライズ領域における事業拡大に注力しています。エンタープライズシステムのテストだけではなく、システム開発支援やITサポート、セキュリティなど、ビジネスチャンスはたくさんあり、それらを確実に掴むため、アライアンスも積極的に活用しながら、新しいサービスを拡充したり、社内体制を整備したりと、様々な取り組みを行っています。

須原
確かにニーズはすごくありそうですよね。特にIT業界は人材が不足しているって聞きますし。

玉塚氏
そうなんです。今後日本は圧倒的な人材不足になることが見込まれており、特にIT業界はそれが顕著になると懸念されています。そこで活躍するのが、当社の約8,000名のテスターです。当社のテスターは、最初は「ゲームが好きだから」という理由で入社される方も結構いるのですが、実は彼らの中には、ものすごい集中力があって、普通の人では思いつかないような発想で不具合をみつける人がいます。このような人たちは、ゲームのデバッグだけではなく、エンタープライズシステムのテストやセキュリティといった、より高度な知識・技術が求められる業務への素地を持っています。例えば、最近、ソフトウェアテストの技術者資格であるJSTQBを取ろう!とテスターのみんなに声をかけたら、たくさんの人が試験を受けてくれて、結果として200名以上の方が合格したり、セキュリティの分野では、 “デジタルハーツサイバーブートキャンプ”を開催したら、講師として招いた日本屈指のセキュリティコンサルタントから非常に高い評価を受けたりと、彼らの可能性を目の当たりにしてきました。このような彼らの潜在的な能力をきちんと伸ばしてあげられる環境をつくること、それがまずは大事だと考えています。そのため、テスター個々人のスキルを可視化する「タレントマネジメントシステム」を新たに導入したり、人事制度や教育制度を変えたりと、様々な取り組みを行っています。これらの取り組みが成功すれば、当社は、ICT業界にエンジニアを提供するプラットフォームになれる可能性が十分にあると考えています。

須原
それはものすごく大きな可能性ですね。一方で、AIを活用した自動化などは考えてはいないのでしょうか?

玉塚氏
もちろん考えています。当社が大きな飛躍を遂げるためには、「人材×技術」がキーワードになると考えています。先程お話ししたような人材はベースとしてすごく大事ですが、それだけではだめで、最新技術をいかに活用していくか、これも非常に重要です。技術活用については、今、CTOを中心に、先端技術を活用した新サービスを自社開発したり、他社とのアライアンスなどを進めたりしています。

須原
確かに、人材と技術の両軸がないとうまく回らない気がしますね。

玉塚氏
「人材×技術」の相乗効果で、アジアNo.1の総合テスト・ソリューションカンパニーになることを目指しています。でも、これは可能性にすぎません。この可能性を実現できるかどうかはやはり経営です。会長の宮澤さんからも、「玉塚さんと強いチームをつくり、可能性を追求しましょう」といわれています。第二創業期として、一気に徹底的に、構造改革に取り組みたいと思います。

須原
わかりました。私たちも少しでもお役に立てるよう頑張ります。ありがとうございました。

 

編集後記

玉塚さんにはじめてお会いしたのは、10年前。リヴァンプ創業直後でした。その後、当社顧客である高知県のコンビニエンスストアチェーンがローソンと提携する際に2度目の接点を持ち、そして今回、デジタルハーツホールディングスさんをお手伝いすることとなって、3度目のご縁をいただきました。

長身痩躯 破顔一笑

玉塚さんを形容するキャッチフレーズは幾つも浮かびますが、いずれにしても、ラグビーは外せません。ラグビーといえば、猪突猛進。やはり、玉塚さんには、このフレーズが一番似合うのではないでしょうか。その一方、細やかな気遣いをかかさない、気配りの方でもあります。だから、多くの人が魅了される。メーカー、アパレル、コンビニエンスストアを経て、新しい分野(IT)での挑戦を始めた玉塚さん。デバッグ業界に革命をもたらそうとしている玉塚さんの引き続きのご活躍に、要注目です。

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