シニアの走り書き

当社では、ほぼ全社員が営業日ごとに業務報告や日々の所感を綴って日報としてメール送信することで、社内の情報共有手段とするとともに、メンバーのメンタリティを測るバロメーターとしても活用しています。特に若手社員の疑問、質問に諸先輩が回答することで、擬似的なメンター制度として機能しているとも言えます。本稿では、当社常勤監査役が回答した日報をご紹介することで、当社ならではの取り組みの一端をお届けいたします。

德岡常勤監査役:当社では断トツのシニア、1951年生まれですから、朝鮮戦争のさなか、サンフランシスコ平和条約が結ばれて日本が主権を回復したばかりのころです。大学に入ったのが1971年で、日本の政治経済史的には大きな転換点となった時代です。所謂「ニクソンショック」というもので、突然の米中国交回復への動きの始まり、世界を驚愕させた「金ドル交換停止」はそれまでの戦後日本の社会的なフレームワークを揺るがす事件でした。70年代は復興から高度成長を経た日本の転換期です。5年間学生運動に明け暮れましたが、就職はメーカーか金融で悩み、結局日本興業銀行という長期信用銀行に就職しました。戦前・戦中は戦争遂行金融機関として機能し、本来は「戦犯銀行」としてGHQにおとり潰しにあうはずの銀行でしたが、朝鮮戦争特需による経済の急回復に資本・資金、特に長期資金が不足した中で寧ろ産業育成の中核として政策的に存続・復活した特殊な銀行です。その後、同世代の金融マンとしてはかなり変わった遍歴を辿りましたが、整理すると自分の経験は以下のようになります。 こうして経歴を紹介しても当社の若手の人には具体性や実感がわかないと思いますが、現在の金融・証券界の一般的な経営者の経歴とはかなり異なる幅広い分野に渡ります。特に、証券と銀行、海外と国内、セカンダリー市場とプライマリー市場等と切り口を変えて振り返ると、普通の金融証券マンにはないチャレンジングな経験の連続でした。

德岡常勤監査役:そんな皆さんに披歴できるような経験や若いときの「心がけ」なんてまったくありませんね。会社にも上司にも、「反抗的」というほどではありませんでしたが、少なくとも会社に対して従属的に生きるつもりはまったくありませんでした。ですから、当社クレドの中にある「独立自尊」という言葉は今でもとても大事に思いますし、経営に係った前職のあおぞら銀行でも、資本と法の論理は受け入れつつ、金融庁と支配株主におもねることだけはせず、公的資金の「返済」とファンド「支配」からのEXITを果たして正常に自立することに全力を傾けました。社会人1年目から「何事も自分で理解し納得できるまで勉強し、考える」「自分の責任で自立して行動する」が自分の基本的なスタイルだったと思います。でも、それは逆に、自分の知らない多くのことがあるという事実に気が付き、自分より優れた知識や経験を持つ人が会社にも世の中にもいるということに直面するということでもありますね。つい最近、尊敬する元上司が若くして亡くなり深い悲しみを覚えましたが、その人に限らず抜きんでて優秀であり、また人格・識見に優れた方が多くいた職場でした。

德岡常勤監査役:お客さまの財務や経営に係るコンサルティング業の若い人達が経済・金融に興味を持つことは大歓迎です。さて、質問は「為替介入」ですが、それは広くは国際金融・貿易に関わる問題で、最近はアメリカ大統領による「関税引き上げ」が世界の関心と憂慮を招いています。国家にとっての為替問題は①資本逃避にともなう自国通貨の急激な下落 ②逆に、急激な自国通貨高が輸出入を通じて経済的な混乱を招く、という二通りのケースが考えられますが、①では政策的に短期金利を引き上げることが主な政策手段となり、②にあたる日本では政府が市場で直接ドル買いを行うということになります。しかし、現在では、人為的な相場操作による政府の(好ましくない)自国産業保護と見做され、他国から非難・攻撃の対象となることからあからさまな「為替介入」は実行されにくくなっています。それに、為替市場では貿易為替より資本取引によるものが圧倒的なシェアを持っていますから、「為替介入」より低金利政策のほうが為替水準に与える効果が大きく、現在の日銀の低金利政策が意図的な為替操作だという疑いや非難は当初からくすぶり続けています。さて、「前置き」が長くなりましたが、日本では為替介入は基本的には政府の政策として政府勘定(会計)を用いて行われ、実際の市場との取引は「政府の銀行」である日銀が「執行」します。ところで、円高阻止の介入ですから、「ドル買い・円売り」の取引となりますが、さて「売るための円」は原理的には存在しません。したがって、政府(の外為会計勘定)は、政府短期証券の発行(FB、俗に債券市場では「タメケン」といわれた)により円を調達して取引先に支払い、ドルを買います。(単純にいえば、借りてきた円を売ってその対価としてドルを受け取る)因みに、よく「日本は「外貨準備高」が世界一」とかいう報道を目にしますが、この「外準」はほぼイコール政府の為替介入の結果として政府が保有する外貨資産ということにしか過ぎず、「民間を含む国全体の純(超過)対外資産」とは異なりますし、最初に説明したように借金と見合っていますからその残高自体が大きいことは直接的な国力とは関係ないですね。さて、当社の社員は会計や簿記にはなじみがあるので、この取引を会計的に見てみるとどうなるでしょう?下記の仕訳を見てパッと分かる人は相当なプロですね。 (為替レート@100で100億円の$買い介入、取引相手の日本の銀行は最終的には為替ポジションは持たないものと仮定) (当預=当座預金、JP B/K=日本の民間銀行・簡便化の為FRBに$決済口座を持つものと仮定、US B/K=米国民間銀行・簡便化の為日銀に¥決済口座を持つものと仮定、US FRB=米国中央銀行・日銀の為に$口座を持つ)

この簿記的に表現された取引の詳細記録からは面白いことが読み取れます。例えば一例として、国内と米国側で夫々合算相殺をしてみると(例えば、FBは政府の負債であり民間銀行にとっては資産なので「国家としては」相殺)、日本では日銀が米国民間銀行の当預100億円の増加によりFRBに$1億の資産増加となっており、米国側では日銀の預り金が$1億増加して、その見合いに日銀に100億円の預金を持っていることになります。個別経済主体で見れば、日本政府はFB発行により100億円のファンディングをして$1億の外貨預金を持っているのですが、外貨資産を増やしていると同時に(その時点での為替レートで)「同額」の円負債を増やしています。

德岡常勤監査役:(笑)。僕のCPAは日本チーズプロフェッショナル協会の「認定資格者」です。ワインに日本のソムリエ協会があり、ソムリエの資格(職業上のプロでない場合は「ワインエキスパート」)認定を行っているのと同じです。昔、新聞にエッセイを頼まれて『無芸大食』と題して書いたことがありましたが、基本的に芸術や音楽に才なく知見なし、でも食べることは大好きでした。まあ、「B級グルメ」ってやつですが。それには勿論大好きなアルコールが付いて回ります。ワインに目覚めたのは30歳台でロンドンに赴任してからですが、50歳ごろからワインスクールでの友達ができたりして会社や仕事以外の輪が広がったと思います。チーズは、前職時代に、ワイン資格を持っている秘書の方に「德岡さん、次はチーズ資格です。一緒に試験受けませんか?」と強引に引っ張りこまれたのがきっかけです。人によってどういうことを楽しむかは違うと思いますが、僕はチーズを楽しむことは勿論ですが、世界に於ける酪農や発酵の文化、中東と西欧の歴史的交差、各国の食品保護政策の違いなどそれまで金融に偏っていた知識や興味が随分違った方向に広がったと思います。当社内では「ワイン部」に属していますが、その中で少しプロっぽい「チーズフレーバー」を付け加えることに努力しています。興味のある人はいつでも歓迎です。

執筆者プロフィール

德岡 國見 株式会社エスネットワークス 常勤監査役

大学卒業後、日本興業銀行入行を皮切りに金融マンとしてのキャリアをスタートし、証券と銀行、海外と国内、セカンダリー市場とプライマリー市場等と広範な分野において活躍を収める。その後あおぞら銀行に副社長として経営参画、リーマンショック時に再び危機に見舞われた同行の再建に尽力し、その後画期的なスキームにて公的資金の返済に道を開いた。2017年より当社常勤監査役。

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