コンプライアンスの最前線

企業経営に関して経営陣が知っておくべきコンプライアンス・イシューとして、今回は、平成28年の刑事訴訟法改正により導入され、本年6月1日から施行された日本版司法取引制度(協議・合意制度)について簡単に説明します。

1.司法取引が活用されています。

本年7月、我が国において第1号となる司法取引が行われたことが報道されました。これは、事業者である法人(三菱日立パワーシステムズ)と検察との間でなされたものであり、その結果、当該法人の元取締役ら3人が不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)により在宅起訴される一方で、当該法人は不起訴(起訴猶予)となりました。また、本年11月 には、日産自動車の有価証券報告書の虚偽記載に関し、違法行為に関わった執行役員等との間でも司法取引がなされたとされています。 この司法取引の制度(以下「協議・合意制度 」といいます)は、組織的犯罪等において、手続の適正を担保しつつ事案の解明に資する供述を得るために導入されたもので、具体的には、検察官と被疑者又は被告人 (以下、被疑者と被告人を併せて「被疑者等」といいます)が、以下の内容の合意をするものです。 ○被疑者等が、他人(共犯者等)の刑事事件の解明に資する供述をする  などの協力を行うこと ○検察官が、当該協力を被疑者等の有利に考慮し、被疑者等の刑事事件  において、不起訴にしたり、軽い求刑をしたりすること なお、協議・合意制度は、一定の経済犯罪や薬物銃器犯罪等を対象としたものであり、被疑者等の刑事事件も他人(共犯者等)の刑事事件もこれらの犯罪であることが必要です(もっとも、被疑者等の刑事事件と他人の刑事事件が関連することは必要ではありません)。また、被疑者等の弁護人の関与が必要とされ、上記の合意にも当該弁護人の同意が必要です。

まず、協議・合意制度が、他人の犯罪のみを対象としていることによる影響が考えられます。すなわち、協議・合意制度は、被疑者等が、他人の犯罪の証拠収集に関して捜査機関に協力し、その見返りとして刑事責任の減免を受けるといった制度になっており、アメリカで行われているような、自らの犯罪を認める換わりにその刑事責任の減免等を受けるといったものではありません。 そのため、協議・合意制度については、自己の処罰の減免を図るために、他人の犯罪についての虚偽の供述などが行われるといった冤罪の危険性が指摘されており、具体的には、従業員が、自らの刑事責任の軽減を図るために、その勤務する企業や他の従業員に関する虚偽の犯罪事実を申告するといったおそれがあるといわれています。

また、協議・合意制度においては、検察官は、「得られる証拠の重要性、関係する犯罪の軽重及び情状、当該関係する犯罪の関連性の程度その他の事情を考慮して、必要と認めるとき」に合意することができるとされています(刑事訴訟法350条の2第1項)。被疑者等が協議・合意制度の利用を申し入れたとしても、検察官が、これに応じるとは限らないのです。そして、この点に関しては、検察官は、本人の協力行為によって協議・合意制度の利用に値するだけの重要な証拠が得られる見込みがあるかなどを考慮して協議・合意制度を利用するかの判断を行うものとされていますので※1 、企業不祥事が生じた際には、以下のような事態が生じ得ると思われます。 関係者においても協議・合意制度の利用が可能であることから、会社が協議・合意制度を利用しようとしたとしても、その前提となる証拠の収集に支障が生じ、また、検察官に応じてもらえないといったおそれがあるのです。 ※1 最高検察庁「合意制度の運用に関する当面の考え方」 ※2 同様のことは、企業において不祥事の把握や対応が遅れた結果、捜査機関において、既に十分な捜査を行い、重要証拠を確保している場合などにも起こり得ます。

2.協議・合意制度が企業に及ぼし得る影響はどのようなものでしょうか

(1) 冤罪が生じる可能性があります。

では、このような協議・合意制度を踏まえて、企業としては、どのような対応をすべきでしょうか。 この点、就業規則等において、会社の同意等を得ることなく、役員や従業員が協議・合意制度を利用することを禁止するといった方法を考えることができますが、かかる方法は、その効力に疑義があるほか(少なくとも不適切と考えられます)、企業のレピュテーションにも大きな悪影響を与え得ると思われます。 そのため、企業としては、かかる方法を採るのではなく、平時から、例えば以下のごとき方策を採っておくことで、関係証拠を収集できるようにしておくほか、不祥事の早期把握、さらには不祥事を認識した際の迅速かつ適切な調査を実施できるようにしておくことで、早期に協議・合意制度の利用を申し出ることができるようにしておくべきです。

(2) 関係者においても利用できることによる影響が生じ得ます。

また、関係者の協力を得るためには、いわゆる社内リニエンシー(自らが関与した不正を自主的に申告した場合に、社内処分等の減免を行うもの)の制度を導入することも考えられます。 すなわち、犯罪行為に関与したことを理由として会社から処分されるのであれば、犯罪行為に関与した従業員等は、これを会社に申告することを躊躇することとなります。そのため、従業員が会社に申告を行うとともに、また、その後の調査に協力するようにするための動機付けとして、(協議・合意制度が導入されたことも踏まえて)社内リニエンシーの制度を導入することも検討に値するものと思われます。

 

平時から企業不祥事に備えた諸制度や体制を見直し、改善を図ることは、企業の危機管理体制の構築に必要なことです。 今般、協議・合意制度が導入されたことによりコンプライアンス・マニュアルの改訂等が必要になると思われることからしますと、この機会に、その分野に明るい弁護士の助言を受けるなどして危機管理体制の見直し、改善を行うことをお勧めいたします。

執筆者プロフィール

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東道 雅彦 牛島総合法律事務所 パートナー

国内外のクライアントに対する企業法務に従事している。競争法の分野では、国外の弁護士と協働して、国際カルテル事件に関する当局調査への対応や紛争処理(刑事、集団訴訟、仲裁等)などの案件を扱う。

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川村 宜志 牛島総合法律事務所 パートナー

会社関係訴訟や一般企業法務に従事するほか、独占禁止法違反または企業結合規制に関する公正取引委員会への対応、独占禁止法関連訴訟その他国内外の競争法に関する各種相談などに従事。

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